会員紹介

羅典亭 端午 (らてんてい たんご)
楽笑会相談役。会の産みの親であり、発足当初から約40年にわたり会長を務めてきた。ラテン音楽(とくにタンゴ)を愛する好々爺。御年80を越え、最近は足の具合が悪くなったためサルサは踊れなくなったようだ。
志ん生、文楽、圓生など昭和の名人と同じ時代を生きてきた人だけあり、落語に関する知識・経験・薀蓄の宝庫。
落語にゆかりの土地を歩く落語ピクニック(通称:落ピク)を主催し、会員をあちこち連れまわし、もとい、案内したり、『寄り合い』という会員向けフリーペーパーを編集・発行するなど、さまざまな形で会員に落語の知識を伝え続けた。
得意ネタは「百川」「三十石」「近日息子」「ちりとてちん」など。

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浪漫亭 朱理萬 (ろまんてい しゅりーまん)
楽笑会創設当時からのメンバーの一人。
ドイツの考古学者ハインリッヒ・シュリーマンからとった高座名は無駄にカッコイイが、寄席文字で書くと真っ黒になるのが玉にキズ。
楽笑会を代表する右党で、落語会の打ち上げで食べるプリン・アラモードと白玉クリームあんみつに目がない。
年に2回、とも助と二人会を開くことをワイフワークにしている。芸風は明るく花があり、「お見立て」「妾馬」「火焔太鼓」などの古今亭のネタを得意とする。

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落柿亭 ね太郎 (らくしてい ねたろう)
楽笑会創設当時からのメンバーの一人。
高座の上下関係なく常に飄々としたおかしみがあり、周囲にいる人をふわっと温かい気持ちにさせるところは天性の落語家気質。
しかし、「楽して寝たろう」という名前とは裏腹に、大変芸熱心で、自分が出演しないアマチュアの寄席にも片っ端から足を運んでいる。趣味は胡麻スリ。
中学校の同級生だった女性と長年にわたって愛を育み結婚するという一途な一面もあり、独身会員にいつもおしどり夫婦ぶりを見せつけている。
好きな持ちネタは「もう半分」「へっつい幽霊」「藁人形」「一文笛」「死神」など。

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上野家 ぱん駄 (うえのや ぱんだ)
噺家を評する言葉に「フラがある」という言い方があるが、この言葉の意味がわからない人は、とにかく一度ぱん駄の高座を見てほしい。始まって1分で意味をご理解いただけるものと思う。
九州の某名門大学落語研究会出身で、ね太郎の後輩。軽い前座噺から大ネタの怪談噺、人情噺までなんでもこなすオールラウンドプレイヤーだが、どのネタも「ぱん駄色」に染めてしまう。
体型のわりに(?)寒がりで、真夏に毛糸のセーターを着ていることもある。

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百々亭 さてん (ひゃくひゃくてい さてん)
本名を万城目という。100(百)X100(百)=10,000(万)ということろから百々亭を名乗る。本職は喫茶店店主。ゆえに、さてん。
品川区大井町の生まれで、近づくと下町の商店街の懐かしい匂いがするとかしないとか。
粋な本寸法の芸風には定評があり、楽笑会の活動のほか自主公演多数。慰問の依頼も多く、「老人ホームのアイドル」と呼ばれていると豪語する。博学だが、「アイドル」という言葉の意味はまだ知らないらしい。

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旅籠家 伊八治 (はたごや いはち)
元ホテルマンだから旅籠家。古典落語「宿屋の仇討ち」の登場人物・伊八と同音の名だが、あれほど従順な従業員だったらホテルは辞めていないはず。「治」の字は柳家小三治師匠から拝借したと言っているが、生涯返すつもりはないらしい。
「阿武松」「花筏」など相撲噺を得意とする。ギターや歌も上手く、宴会の盛り上げ役として、なくてはならない人。
体感温度はぱん駄の逆で、真冬でも素足に雪駄で歩いている。

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笹の家 小夏 (ささのや こなつ)
楽笑会のアイドルの座をかれこれ10年以上も保ち続け、後進の追随を許さない。
静岡県出身とは思えないキレのある江戸弁を自在に操る。高校時代に演劇部だったこともあり、内には熱い女優魂を抱えている。その演技力、的確な人物描写ゆえに関東社会人落語界では「大師匠」の呼び声が高い。「第3回落語国際大会in千葉」準優勝。
得意ネタは「替り目」「お菊の皿」「宿屋の富」など。
クーラー風呂なしの長屋に猫5匹と暮らす庶民的な一面も。
特技はマジック、苦手なものは四字熟語、ことわざ。

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酔っ亭 よろしく (よって よろしく)
高座にあがり、名前を名乗っただけで挨拶が済んでしまうという省エネに配慮された高座名。では、何ごとも手短に済ませるタイプかというと、とんでもない。持ちネタは正反対で、「芝浜」のような、いわゆる大ネタとされる人情噺を好んでかける。
独特のフラがあり、落語をすべて「日本昔ばなし」に変えてしまうような民話的な語り口が聴衆をほのぼのとした世界に誘う。

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太尾亭 狸久 (ふとおてい たのきゅう)
「太尾」は棲息地(横浜市港北区)の旧町名。太い尾といえば「狸」。落語の中には狸が人間に化ける噺がいくつもあるが、人間が狸に化ける噺といえば「田能久」。このネタにあやかって、人間狸久も齢70を越えたのを機に、「俺もそろそろ狸にでも化けてみるかな?」などと言っているが、家庭ではマジシャンの奥様に化かされっぱなしだという噂も。
「親子酒」、「愛宕山」、「蒟蒻問答」、「野ざらし」など得意ネタは数多く、そのいずれもが本寸法の古典落語。
特技はもの真似。老人会の余興で昭和歌謡などを披露することもあるが、落語以上に喜ばれ、「次回から落語ではなく物真似を!」と言われてガックリ肩を落すこともあるらしい。

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嶺風家 紫和 (れいふうや しお)
楽笑会の天然系おっとりマダム。落語もやれば講談もやる。講談の得意ネタは赤穂浪士討ち入りなど。好きな講談師・神田紫さんの「紫」の字をいただく。また、紫和(しお)は、塩(しお)に通じ、塩と云えば赤穂、赤穂と云えば忠臣蔵と、講談に対する愛情の深さをうかがわせる。
妙齢のご婦人ゆえ、顔を見て「紫和(しわ)さんですね?」と名前を間違われるのが一番傷つくらしい。
創意工夫に満ち溢れた南京玉すだれは楽笑会発表会の風物詩と言っても過言ではない。

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金河岸亭 とも助 (かねかしてい ともすけ)
本職が銀行員なのでこの亭号なのだが、「金貸してえ!」なのか「金貸して!」なのか、いつも議論を呼ぶ(たぶん後者)。
「第4回社会人落語日本一決定戦」準優勝、「第2回落語国際大会in千葉」優勝という華々しい受賞歴があり、2012年はまさにとも助フィーバーと言える1年だったが、ブームが過ぎてみれば、みんなの記憶に残ったのは鬼気迫る眼光の鋭さだけだったとも言われている。
「狂気落語」というジャンルを打ち立てたことで後世に名を残すが、人情噺を演じると自分が泣いてしまうという弱点もある。

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うめぼし亭 小梅 (うめぼしてい こうめ)
「人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける」
自宅が稽古場から遠いため、例会は休みがちだが、どんなに休んでもその存在感を失わない魅力は、まさに紀貫之が詠んだ梅の花の如し。
「平林」で高座デビューし、近年は三味線に力を入れている。

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極楽亭 立往生 (ごくらくてい たちおうじょう)
サラリーマンと僧侶のハイブリッド。落語の祖と云われる近世の僧「安楽案策伝」ゆかりの寺で修行したナマグサ坊主。
落語を始めるにあたり最初に希望した「極楽亭往生」という高座名は見事に却下され「立往生」に。将来は、ふるさと三河岡崎に戻ってお寺で落語会を開きたいという夢があり、人生最後に目指すは「大往生」だと言う。
端正な芸風で、「そば清」の面白さは玄人裸足。
趣味の寄席文字で、楽笑会会員の戒名を書く練習をこっそりしているらしい。

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笑亭 くん寧 (わらってい くんねい)
70の手習いで落語を始めるも、その身体と脳には三代目三遊亭金馬をラジオで聴いて育った子供のころの感性がしっかり染み付いている。明るく、ほがらかな人柄そのままの高座。
定年退職後、落語に明け暮れる毎日を送っており、現役世代にとっては羨ましい限りだが、プロ・アマを問わず全国各地の寄席を見に行くその健脚ぶりで右に出る者はいない。
くん寧落語の一番のファンである愛妻は、時には厳しい師匠にもなるようだ。師匠に着物を畳ませてはいけません。

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狐々亭 さえの助 (こんこんてい さえのすけ)
もともと古典芸能は好きだったが、まさか自分が落語をやるようになるとは思ってもいなかった。ところが2010年に笹の家小夏と出会い、人生が270°回転。
はじめのうちは楽笑会の追っかけをしていたが、打ち上げで演者に厳しい批評をするため、「こいつを黙らせるには落語をやらせるしかない」という意見があったとかなかったとか。案の定、落語を始めてからは牙を抜かれた野犬同然、もとい、借りてきた猫のように大人しくしている。
高座名は大好きな歌舞伎にちなみ、「義経千本桜」の狐、「勧進帳」の富樫左衛門からとったもの。
血中水分の約50%は日本酒だと言われている。

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柏亭 悠鳥 (かしわてい ゆうちょう)
2016年入会の若手ホープ。大学時代、先輩から「クリスマス会の出し物で落語をやって欲しい!」とむちゃぶりされたことがきっかけで落語を始める。その後は、落研のなかった大学に落研を作ってしまうほどハマり、文化祭や商店街の寄席で腕を磨く。
「三度の飯より好きなものは四度の飯!」と言うだけあって、よく食べる。
「落語を始めるまでに2年かかった悠長な人間だが、ゆっくりでもいい、いつか大舞台でトリを取れるレベルになりたい」という願をかけた高座名。
若き日の笑福亭鶴瓶師匠を髣髴とさせる髪型(天然!)に加え、子供の2人くらいいそうな貫禄ある風貌だが、実はピッチピチの20代である。彼女募集中(笑)

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休会中の会員
浦鐘家 清五楼 (うらかねや せいごろう)
さんざんてい ふるしんぶん

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